2019/12/12 (木)

UNBELIEVABLEのアンビリバボーの凄さ。

NETFLIX2019のリミテッド・シリーズ「UNBELIEVABLE たった一つの真実」は大傑作だ。邦題がボケているが、原題もあまり褒められたものではない。しかし、レイプ事件に於ける女の連帯を描いた最高のシリーズといっていい。全8話、約7時間を途中4時間の睡眠をはさんで一気に見る。

ゴールデングローブのTVリミテッド・シリーズ部門で作品賞、及びメリット・ウェヴァー、ケイトリン・デヴィアが主演女優賞、トニ・コレットが助演女優賞にノミネートされている。

脚本は8話のうち、5話を書いたスザンナ・グラントが最後の2話を演出しプロデュースも兼ねている。「エリン・ブロコヴィッチ」の脚本で一気に注目されたスザンナの面目躍如。

最初の3話の演出は「オリーヴ・キタリッジ」が素晴らしかったリサ・チョロデンコ。作品のトーンを設定している。真ん中の3話のマイケル・ディナー演出も過不足ない。

三人の「主演女優」はいずれも最高級の演技だが、中でも女刑事ふたりのメリットとトニのうまさに痺れっぱなし。トニ・コレットのかっこよさはハンパではない。

二人のやりとりは、セリフも極上、演技的にも涙が出るほど極上。テイクが終わるたびにスタッフから拍手喝采が起きたことは間違いない。WOMAN-HOODの会話としては、今年ピカイチではないか。



ケイトリン演ずるマリーはワシントン州リンウッドのティーンエイジャー。第一話では年代表記が出ないので私は現代の話だとばかり思っていたら2008年にリンウッドで実際に起きたレイプ事件ということらしい。

第二話ではきちんと2011年コロラド州ゴールデンという字幕が出て、女刑事カレン・デュヴォール(メリット)が登場し、2008年のマリーのオーディールとカットバックで話が進む。

その終盤で、同じコロラド州ウェストミンスターの警察に勤務するグレイス・ラスムッセン(トニ)が現れ、主役三人が揃う。

私が抱えるNETFLIXの問題点はエンドクレジットが数秒でカットされてしまうことに尽きる。「もっと観る」をクリックして最後までクレジットを観れたこともあったが、「UNBELIEVABLE」はそれができない。

ゆえに、キャストのビリングを確認できないのだが、予告編では、トニ・コレット、メリット・ウェヴァー、ケイトリン・デヴィアの順になっている。おそらくクレジットもそうなのだろう。つまり、三人が主役なのだ。

本格的な出番が第三話からということで、ゴールデン・グローブでは、トニは助演女優賞に格下げになった。これは納得できない。主演女優賞枠はトニとメリットで、ケイトリンが助演女優というのが妥当に思える。

いずれにせよ、トニは受賞するだろう。



この作品が凄いのは、弱者の人権が蹂躙されるレイプの実態を女性の連帯の観点で描いているばかりでなく、警察内部の様々な問題点(DV加害者警察官の驚異的な数字も議論される)も追求していることだ。

伊藤詩織さん事件の逮捕状を握りつぶした警察官僚の首根っこを押さえてでも見せたいシリーズだ。

ウェストミンスターとゴールデンは車で20分強の距離だが、双方の警察で情報が共有されず、個人の繋がりでカレンとグレイスの点の捜査が結びつくなど興味深い事実が次々と浮かび上がる。

捜査のプロセスがディテールに富んで面白く、グレイスとカレンが率いるチーム(女たちとマイノリティ。白人男性は基本的に含まず)の個性的な顔ぶれが愉しい。演技アンサンブルは完璧。シワシワ濁声が魅力のデイル・ディッキーがトニの同僚ご意見番というのも利いている。

マリーの屈折した人生を彩る女優陣も素晴らしいが、圧巻は第七話で登場する辛抱強いカウンセラーのブルック・スミス。マリーが映画「ゾンビランド」の話から心を開いて行くやりとりはスザンナ・グラント脚本の繊細さの勝利だ。

男優陣ではマリーの捜査を担当する刑事パーカー役のエリック・ランギが際立つ。「ダンネモラ脱獄」で、パトリシア・アーケットの、低能ダンナを演じたエリック・ランギだということがIMDBで調べるまでまったくわからなかった。

クレジット表記をカットするNETFLIXのポリシーが忌々しい。

ついでに言えば、IMDBでは、4話、6話、8話の撮影監督の表記がない。最初の3話でチョロデンコと組んだのが女性のQUYEN TRAN(クエン・トラン?)で、5話が「夜になるまえに」などのメキシコのヴェテラン、ザビエ・グロベット、7話がこれまたヴェテランのジョン・リンドリー。

自然光を生かしたナチュラルな統一感に乱れはない。

マリーとカレン、トニが一堂に会することはないが、彼女たちの絆を描く最終章でも、私は涙が止まらず往生してしまった。


当然、A+の採点。

それ以外のNETFLIX観賞作品を列記しておく。

「オクジャ」C オクジャのVFXだけがよい。芝居が幼稚。このボン・ジュノが「パラサイト」で世界を感動させたというのか?「パラサイト」はゴールデングローブでも作品賞、監督賞、助演男優賞でノミネートされているし、期待しよう。

「IOユピテルとイオ」C マーガレット・クォリーとアンソニー・マッキーの表情を観賞するだけの映画。瞑想型セリフの間に殺される。

「FIVE CAME BACK 伝説の映画監督」A フランク・キャプラ、ウィリアム・ワイラー、ジョージ・スティーヴンス、ジョン・ヒューストン、ジョン・フォードの第二次大戦の活動記録を貴重なフッテージとスティーヴン・スピールバーグ、ローレンス・カスダン、フランシス・コッポラ、ポール・グリーングラス、ギレルモ・デル・トロの解説で綴ったドキュメンタリー。後半、戦後復帰のエピソードの数々に感動。殊に、ワイラーとスティーヴンスの行動力に打たれる。このふたりとヒューストンの戦争記録映画を購入して改めて勉強するつもり。

「ボディガード」A- 全6話。前半をトーマス・ヴァンサン、後半をジョン・ストリックランドが演出。スリルは満点。ただし演出の功績でプロットは意外性を狙うばかりの穴があちこちにあり。

殊に第二話の狙撃者がアフガニスタンでの同僚だった事実を隠す主人公の心理がわからない。調べればわかることだと考えないのだろうか。もう一歩進んで考えれば、こういう偶然はありえない、これは罠かもしれない、と考えるのが常套だろう。それをクリエイターのジェド・マーキュリオは無視して話を展開する。

演技陣では主役のリチャード・マッデンと彼が守る政治家キーリー・ホウズは素晴らしい。二人の危険な逢い引きが、この作品の良識の頂点。


本日は小津安二郎監督の命日でもあり誕生日でもある。素晴らしい作品のことを書けてよかった。


追伸。

SAG全米俳優協会ではトニ・コレットのみ、主演女優賞にノミネートされた。


2019/12/09 (月)

昨日の続き、又は、今、日本映画に必要なこと。


「マリッジ・ストーリー」A 
日本の若い監督も脚本家も俳優も、このノア・バウムバックのセンスをしっかりと学んで欲しい。超一流の演技陣を巧みに組み合わせ、ニュアンスの利いたダイアローグを与え、リズミカルに動かす。演劇に於ける王道のテンポがここにある。

基本はイングマール・ベルイマンの「ある結婚の風景」を、リーブ・ウルマンの代わりにスカーレット・ヨハンソン、エーランド・ヨセフソンの代わりにアダム・ドライヴァーを配し、「ある離婚の風景」に昇華させたということ。無論、映画の中でもベルイマンへのオマージュとして「SCENES FROM A MARRIAGE」というタイトルが一瞬、出て来る。どこに出て来るかは、見てのお愉しみ。

ヨハンソン、ドライヴァーがオスカー口径の熱演を繰り広げ、ローラ・ダーン、アラン・アルダ、レイ・リオッタ、ジュリー・ハガティー、メリット・ウェヴァーの脇が重層構造の演技の見せ場を盛り上げる。(メリットは「ウォーキング・デッド」でファンになった人が多いかもしれない。私は「ゴッドレス」)。

ウォーレス・ショーン、マーサ・ケリーも完璧なるちょい役。殊に、査察官を演ずるマーサの「形」と表情。このニュアンスの芝居は絶品。

私が特に感動したのは、冒頭の、主役二人の語りで綴られる結婚の風景。このテンポでこのユーモア。これが随所で隠し味となりラストではブックエンドの効果も発揮する。

一番気に入って、心から笑えたのはドライヴァー・キャラの「節電のこだわり」。冒頭でも笑ったが、二度目の使い方には、虚を衝かれ、唸った。ドアを閉める一瞬伸びたアダムの指先のユーモアと、暗いホールに残されたスカーレットの痛み。ノア・バウムバックは凄い。

思うに、バウムバックは5年後、10年後に、スカーレット、アダムと組んで、彼らの「それから」を描いていくのではないか。問題は、そのときに子役がどれだけ魅力的に成長しているかだろう。



「ザ・テキサス・レンジャース」A- THE HIGHWAYMENの原題でやるべきだね。ハイウェイメンに「成り下がった」元テキサス・レンジャースの、自己の尊厳を取り戻す話であるわけだし。

ジョン・フスコの脚本が素晴らしい。

殊にセリフ。ケヴィン・コスナーとウディ・ハレルソンのやりとりすべては勿論、コスナーと、クライド・バーロウの父親を演ずる懐かしきウィリアム・サドラーとのやりとりにも、泣けた。日本語字幕はフスコのクリスプな詩心を多少なりとも伝えているだろうか。

「俺たちに明日はない」の追っ手側の話。

史実をベースに、フランク・ヘイマーの追跡行に元レンジャーのメイニー・グールトを絡めたロード・バディ・ムーヴィに昇華させている。

監督のジョン・リー・ハンコックは手堅く素材をまとめる以外の特長はない。脚本が折角「怒りの葡萄」のテリトリーに踏み込んでいるのだから、そこをもう少し広げて欲しかったとも思う。

いや、それは、私が追求すべき課題かもしれない。ヘイマー、ボニー&クライド、「怒りの葡萄」は三点セットでいつか描いてみたい。とにかく、フランク・ヘイマーという人物は、今までハリウッドがなぜ主役として描かなかったのかわからないぐらい魅力的な拳銃使いだ。

この作品の賢いところは、ボニーとクライドの凶行を描いても遠景か足許/手許かシャドーにして顔を見せない点になる。それは、おそらく、演出のアイデアではなく、脚本で、フスコが強調したことのように思える。

フランク・ヘイマーと対峙したときに初めて、我々はボニーとクライドを見ることになり、そのキャスティングが心を打つ。

「俺たちに明日はない」は古典的名作だし、不況の時代のギャングを描いたその王座はゆるがないが、この最後の銃撃に、私は心を動かされ涙した。



NETFLIX以外で見たのは以下の通り。

「キラー・エリート2011」B オバカアクションだがジェイソン・ステイサム、クライヴ・オーエン、そしてデ・ニーロ、三人の魅力で見せる。この頃のデ・ニーロなら「アイリッシュマン」の主役ができたかもしれない。

「蜜蜂と遠雷」C+ 珍しく見たくなった日本映画だが、よかったのはメインタイトルの入りと鈴鹿少年の初々しさだけ。他は微妙な問題点オンパレード。例えば、桃李がいい味出していても相手が記者役のブルゾンにしても女房役の臼田にしてもセリフ回しがヘタ過ぎる。脚本がヘタ。むき出しの解説セリフが幼稚。英語台詞は翻訳セリフ。アンジェイ・ヒラも斉藤由貴も英語での芝居がまるでダメ。国際コンクールの審査員の品格は、審査員全員ゼロ!

一番の問題点は松岡茉優演ずるヒロインの、決勝での演奏。プロコ3番、本人が弾いている姿は導入部だけ。後は吹替えの手もととロングショット、手もとが見えない松岡のバストショットのコンビネーション。そこまでの二曲は充分に松岡演奏シーンが挿入されていたのに、クライマックスで古色蒼然の吹替え演奏。どうした?

鈴鹿少年も森崎ウィンも頑張って弾いている姿を見せた後にこれか、と白ける。いずれにせよ、松岡は前に出る役は得意のようだが、陰にこもる役は資質ではない。NHKエデュケーショナルがカヴァーしているショパン・ピアノコンクールや調律師の戦いやショパン古楽器コンクールの感動はかけらもなかった。

「ローロ、欲望のイタリア」C- 今年の最悪大賞。トニー・セヴィロの登場まで待って45分で退出。ソレンティーノはどうなってしまうのだろう。

「子供たちが教えてくれたこと」A イマド、カミーユのかわいさにもっていかれた。重病に侵された子供たちを見つめる事で貰える生きる勇気。監督のアンヌ・ドフィーヌ・ジュリアンも娘二人を重病で亡くした。だから子供たちと心が繋がった。見事なドキュメンタリー。

「IT chapter2」C VFXはすごいがお話がタコ。ジェシカ、マカヴォイ以下大人の演技陣がなすすべもなく右往左往。


2019/12/08 (日)

NETFLIXざんまい。


相変わらずNETFLIXにハマっている。何本か見て、日本語字幕がうざったくなったので、英語字幕に切り換えた。これだと、聞き逃した単語も確認できる。日本語字幕はNETFLIXに限らず会話の妙、クリスプ感を伝え切れていないのが殆ど。とにかく、NETFLIXで見た作品を並べて行く。短評もあれば長文紹介もある。長さはそのときの気分次第。

「ポーラー」C オバカアクションだがマッツがかっこよい。

「紅海リゾート」C これもダメ。いくらクリス・エヴァンスとヘイリー・ベネットでも演出脚本がタコでは途中で飽きる。

「ザ・キング」B+ ティモシー・シャラメはただものではない、と思わせる史劇。ロバート・パティンソンのやんちゃなフレンチ・プリンスが魅力。ただし、前半はつまらない。ジョエル・エドガートンのフォルスタッフが魅力的だがセリフが少な過ぎる。死に方もイマイチ。戦闘シーンは投石機のくだりのスケール感はあるが、泥沼の白兵戦はコレオグラフがヘタ。似たような甲冑で、敵味方泥だらけで戦って、どうやって敵を識別したのかまったくわからない。観客が混乱する以上に、戦闘のリアルな論理性に欠ける。デーヴィッド・ミショッドでは仕方がないか。撮影のトーンは二重丸。ショーン・ハリスとベン・メンデルソーンは役を交代した方がティモシーとの芝居場のグレードはあがったと思う。

「マッドバウンド」A- ディー・リースの演出は戦争場面や群衆場面などヘタだが、後半帰還兵の話になってからは面白かった。黒人勢以外ではキャリー・マリガンとギャレット・ヘドランドがよい。撮影は文句なしにAクラス。



「ゴッドレス」A- #1-#7 
「赤い河」の擬似親子の敵対と「シェーン」と山本周五郎の「日本婦道記」を合わせて「ワイルド・バンチ」と「ハイヌーン」のエッセンスを2、3滴垂らした大西部サーガ。つまり、古き佳きウェスタンの匂いがふんぷん。志はよし。しかし、実行力に問題あり、なのだ。

具体的に書くならば、第一話の謎の提出は圧巻。が、次第に謎が解き明かされていくと、スコット・フランク脚本演出の無茶ぶりに愕然となる。最大の問題点は、グリフィン・ギャングによる「クリードの虐殺」だ。7話完結のシリーズは、USマーシャル、ジョン・クック(サム・ウォーターストン)が数人のデピュティを連れ、砂塵が舞う町クリードに馬を乗り入れるところから始まる。

町の郊外では線路ごと列車が爆破され横転しており、乗客も町民もことごとく虐殺されている。プロローグのシメのショットは給水塔から吊るされた少年の異様な縛り首の姿。当然、なんでこの少年がこんなに高いところで吊るされるに至ったのか、不思議に思う。ところが、この謎に対する答えは描かれない。

後々、回想シーンで、フランク・グリフィン(ジェフ・ダニエルス)が率いる30数名のギャングが、クリード到着寸前の列車を襲うところが描かれる。この時、ギャング団の二代目格ロン・グッド(ジャック・オコネル)が、父と仰ぐフランクを裏切って大金を持ち逃げする。グリフィン・ギャングはロンを追いかけ壮大な渓谷に追い詰める。ロケ地はニュー・メキシコ州ディアブロ・キャニオン。逃げる一頭、追いかける30数頭のアウトロー。わくわくするシーンなのだが、その後の展開に愕然となる。


そびえ立つ断崖際に追い詰められたロンは馬上で愛馬を撃ち殺し、倒れた馬を楯にして狙撃を始める。ここまではわからないでもない。が、全篇を通じ、馬を愛する西部男として描かれるロンが、絶望的な状況で、馬を撃ち殺して遮蔽物にするだろうか。馬を放って伏せ撃ちで迫り来る馬群を狙撃するか、岩場に走るのが常套手段だろう。いずれにせよ、2011年の「ブッチ・キャシディ、最後のガンマン」で、サム・シェパードが使った「人道的な馬楯」に比べると、非論理的ではある。

それ以上に驚くのが、ロンの狙撃で数名が撃ち殺され、ボスが片腕を射抜かれると、ギャング団が逃げ出してしまうという設定だ。それほどヤワなグリフィン・ギャングなのか、と愕然第二段階に入る。唯一、説明できるとすれば、憎い裏切り者よりも、彼が持ち逃げした大金よりも、ボスの怪我の手当を優先的に考えるということなのだが、回想シーンを繋ぎ合わせてみると、そういうことでもない。

重傷を負ったグリフィンを連れたギャングはクリードに戻り、そこで、仲間が町民にリンチされそうになっているのを見て、町民を皆殺しにした、という設定なのだ。皆殺しにしてからボスの負傷の手当を考え、深夜、隣町に行って医者を探す、という「ありえねー」流れになっている。

ロンが読み書きできないという設定も俄に受け入れがたい。幼少期に面倒を見てくれたシスター・ルーシーも、父親代わりに少年を育てたインテリのフランクも、なぜロンに読み書きを教えなかったのか、よくわからない。理由はひとつ。怪我をして世話になる牧場で、女主人に読み書きを習う設定にしたいがためなのだ。

この女性がミシェル・ドッカリー演ずるヒロイン、アリスで、「ダウントン・アビー」でしか知らなかったミシェルの西部女ぶりは前半戦の花と龍といっていい。彼女は殺されたパイユート族の夫との間に生まれた十代の息子と、その祖母(タントゥー・カーディナル)と暮らしている。このタントゥーの存在感は素晴らしいが、ここでも非論理的な展開が生ずる。

ロンのカウハンドぶりを強調するために、荒野の牧場で母と祖母と生きて来たパイユート・インディアンの血を引く少年が、馬の扱いに慣れていないばかりか、荒馬を乗りこなせないという設定なのだ。大地の少年に馬術を教えるのがロンの役割になる。グリフィン・ギャングが一丸となってロン探しに走り回るのもマンガチック。それぞれいい名前をつけてもらっているのにデヴリン・ブラザース以外、個性がない。

こういった無茶なセットアップが連続しながらも、私がこのシリーズを気に入ってしまった理由は5つある。

ニューメキシコのロケーションとスティーヴン・マイズラーの撮影とカルロス・バルボーサ&デーヴィッド・J・ボンバの美術とジェフ・ダニエルスの父なる悪党とメリット・ウェヴァーの女ガンスリンガーだ。

美術の白眉はアリスの牧場と、女たちの鉱山町ラ・ベル。そして登場する数々の酒場インテリア。素晴らしいロケセットの数々と、光と影を巧みに捕えた映像にうっとりとする。荒野を過ぎ行く時の流れも存分に記録されている。

女たちは、シェリフの妹で拳銃使いのレスビアンを演ずるメリットが圧倒的な存在感を発揮している。前半戦を彩ったミシェルの西部女ぶりは、メリットの前に徐々に色あせていく。クライマックスの、グリフィン・ギャング対ラ・ベルの女たちの銃撃戦で、ミシェルのライフルさばきを巧く使えなかったスコット・フランクの演出が悔やまれる。このくだりでは、それまで端役に過ぎなかったドイツ女に2丁拳銃を持たせて活躍させている。理解不可能。スコットのガールフレンドってこと?

バッファロー・ソルジャースの扱いや簡単に殺されてしまうサム・ウォーターストン(名作シリーズ「ニュースルーム」ではダニエルスの相棒なのに)や視力を失いつつあるシェリフ(スコット・マクネリー)を女たちが腰抜け呼ばわりしたり、銃撃戦のさなか突如視力が回復するくだりなど、イージーな展開も多いが、大西部サーガへのリスペクトは気に入っている。

「ゴッドレス」というのは「神が消えた町」ではなくて「神がいない土地」としてフランク・グリフィンが語っていたように記憶している。

主役のジャック・オコンネルは、イギリス人にしては精一杯頑張っているのは「アンブロークン」と同じ。しかし、ロン・グッドには器が小さい。スコット・マクネリーもテキサス出身のうまい役者ではあるけれど、物足りない。「バスターのバラード」で存在感を示した無名のビル・ヘックやグレインジャー・ハインズのような「発見」が、ここでは欲しかった。



「キングのメッセージ」B チャドウィック・ボーズマンの魅力がすべて。プロットが弱い。ファブリス・ドゥ・ヴェルツの演出がイマイチ。

「ザ・サイレンス」C ご都合主義の「鳥」系ホラー。スタンリー・トゥッチがいるから最後まで見ただけ。

「7月22日」B ポール・グリーングラス版のウトヤ島の惨劇。方法論としては「ユナイテッド93」と同じだが、あちらほどに盛り上がらない。こちらの基本は死の淵から生還した少年が家族に支えられ、数ヶ月かけて恐怖に打ち克ち、裁判でモンスターと対決し、自己の尊厳を取り戻すまでの実話。

明快なダビデ/プロタゴニストとゴライアス/アンタゴニストの設定ゆえ、無名のアンサンブル・キャストではダレる。少年役も敵役もリアルだが、物足りない。グリーングラス自身が書いた脚本もリアルな間を追求するあまり、やたらと「You okay?」のセリフが出て来る。能がない。中盤がとてつもなく退屈だった。



「MANIAC」B- #4までの評価はこういうこと。ジョナ・ヒルが退屈。エマ・ストーンひとりが頑張っていてもお話がつまらない。ゲイリー・ジョージ・フクナガはコーエン兄弟を目指したのかウェス・アンダーソンになりたかったのか。
「leftovers」シリーズで素晴らしかったジャスティン・セローの無駄使いを含めてフクナガにしては珍しい失敗作のように思う。残り6話を見るのがつらい。

「6日間」C+ ニュージーランド産突入スリラー。1980年ロンドンのイラン大使館が五人のテロリストに占拠された実話の映画化。SAS隊員を演ずるジェイミー・ベル、ネゴシエイターのマーク・ストロングはいいのだが、肝腎の突入シーンで演出、編集の不手際が目立つ。テロリスト側の描写不足ゆえ、SASコマンドの突入作戦が報道陣とTVを見つめるストロングの妻子とのカットバックだけになってしまいひどくまったりしている。演出のトーア・フレイジャーとはtiffで顔を合わせたことはあるが、アクション演出が苦手なのかもしれない。編集の素材がなかったことは明らか。


傑作「マリッジ・ストーリー」他は明日以降に。


2019/11/29 (金)

「チェルノブイリ#5」から「バスターのバラード」までの採点。


10月15日、「チェルノブイリ#4」を見た翌日、アマゾンで注文した「CHERNOBYL」ブルーレイが届いた。故に、最終回は日本語字幕なしのブルーレイ版を見た。11月15日にはNETFLIXお試しメンバーとなり、コーエン・ブラザースの「THE BALLAD OF BUSTER SCRUGGS」にやっとめぐりあえた。



「チェルノブイリ#5」A+ 最後まで見事なクレイグ・メイズィンの脚本、ヨハン・レクトの演出!演技陣も素晴らしかった。

「アド・アストラ」A- ブラピー熱演。シメの活劇は首を傾げたくなるが、そこまで持って行った構成の妙に脱帽。宇宙版の「闇の奥」。ジェームス・グレイにしては上出来。

「アイリッシュマン」B アメリカでは大絶賛の嵐。私は落胆の嵐。アメリカの闇を描く意欲はわかるが、「野いちご」風構成がヘタ。スコセッシのマフィア世界巷談としたら「カジノ」とどっこいどっこいのひどさ。殊に、デ・ニーロがオソマツ。アメリカの批評家はデ・ニーロ、ペシのDE-AGINGをほめ称えているが、ふたりとも30代には見えない。唯一よいのはパチーノのジミー・ホッファと、「殺し」の一言を使わない殺しの指示。

「キャプテン・アメリカ/ファースト・アヴェンジャー」B+ レトロ感がよい。エヴァンスがひ弱な若者に見えるVFXがよい。なにゆえ、「アイリッシュマン」はこのレヴェルを求めなかったのか。

「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」A エヴァンスの身体能力とアクションの面白さ。これならMCUもイケル。

「アヴェンジャース」B+ キャプテン・アメリカ登場2本目というので見たのさ。



「恐怖の報酬」A ヴェラ・クルーゾーの幼稚な芝居に愕然。しかし、後半のモンタン、ヴァネルのチェンジ・オヴ・ガードに感動。

「ミスター・ガラス」B シャマランだが一応見れた。マカヴォイのおかげ。

「シヴィル・ウォー」C+ 座頭市対用心棒×5てな感じ。退屈。

「ホテル・ムンバイ」B+ 緊迫感はあるがフィクションに傾きすぎ。テロリストたちのインド系俳優がよい。ソラスの演出はうまい。

「アナイアレーション」A- ナタリー・ポートマンとヴィジュアルがすべて。

「アースクェイク・バード」B+ アリシアとライリーうまい。殊に、アリシアは日本語の長セリフを自然体でこなして見事。抑揚は外国人だが、その努力と熱意に圧倒される。小林直己は英語の芝居はいいが日本語芝居がダメ。ミステリーとしては退屈。イヴァン・コヴァックのカメラはよい。

「ファヴェーラの娘」B+ Pacifiedが英語題。パクストン・ウィンタースがリオのスラムで撮った。本来は娘の視点の作品なのだろうが、東映の任侠我慢映画になってしまった。出所したボス親のブカッサ・ケベンゲレと現役ボスのホゼ・ロレトがうまい。終盤がぐちゃぐちゃ。

「トリプル・フロンティア」A ベン・アフレック、オスカー・アイザック、チャーリー・ハナム、ギャレット・ヘドランド、ペドロ・パスカル5人のマッチョがいい。コロンビア・ロケも美しい。本来はキャサリン・ビグローの企画だったが、彼女は愚作「デトロイト」に行き、主役もジョニー・デップ、トム・ハンクスの組み合わせから始まって色々な組み合わせが検討された挙げ句、10年近くかかってNETFLIXがモノにした。JCチャンダー作品では一番面白い。



「バスターのバラード」A 第六話がなければA+。1、4、5が傑作。ポイントは、繰り返しの美学。

第一話は決闘を繰り返すシンギング・ガンスリンガー(ティム・ブレイク・ネルソン)で大いに笑い、第二話は縛り首を繰り返す男(ジェームス・フランコ)が登場し、第三話はリーアム・ニーソンの演劇馬車に乗ったハリー・メリングがゲティスバーグの演説その他を繰り返す。

第四話はジャック・ロンドンの原作を使い、トム・ウェイツが緑豊かな山あいの土地で砂金探しの穴掘りを繰り返す。このウェイツは絶品。「黄金」のウォルター・ヒューストンを彷彿とさせる。

第五話はスチュワート・エドワード・ホワイトの大西部小話集の一話「早とちりの娘」がベース。ワゴン・トレインの壮大な旅路でゾーイ・カザンが兄のこと犬のことでワゴン・マスターの助手へのお願いを繰り返す。ゾーイがうまいのは当然だがほぼ無名のビル・ヘックとグレインジャー・ハインズの西部男ぶりが圧巻。痺れた。しみじみ泣けた。

という具合に5話までは大西部の心が、コーエン兄弟の適度に毒気のあるユーモアで揺れている。第六話は、窮屈な駅馬車内部も含めてチープな設定で、乗り合わせた男女の人間の二面性談義の繰り返し。

モーパッサンの「脂肪の塊」とエミール・ゾラの暴走夜汽車話を掛け合わせたような、一筋縄では行かないコーエン兄弟が一筋縄では行かないことを売るためにだけ付け加えた蛇足。かつてはダーティ・ハリーの相方刑事を努めたタイン・デイリーのババアぶりとソウル・ルビナック、ブレンダン・グリーソンら演技巧者の退屈な芝居で塗り込められたどっちらけの一編。

「ノー・カントリー」をシメたトミー・リーのモノローグと同工異曲の蘊蓄セリフで終わらせたかったのだろうか。コーエン兄弟らしいと言えば、らしい、が、大西部の詩心と支配律は姑息な作家性を軽々と飛び越えていく。


2019/11/29 (金)

「チェルノブイリ#5」から「バスターのバラード」までの採点。


10月15日、「チェルノブイリ#4」を見た翌日、アマゾンで注文した「CHERNOBYL」ブルーレイが届いた。故に、最終回は日本語字幕なしのブルーレイ版を見た。11月15日にはNETFLIXお試しメンバーとなり、コーエン・ブラザースの「THE BALLAD OF BUSTER SCRUGGS」にやっとめぐりあえた。



「チェルノブイリ#5」A+ 最後まで見事なクレイグ・メイズィンの脚本、ヨハン・レクトの演出!演技陣も素晴らしかった。

「アド・アストラ」A- ブラピー熱演。シメの活劇は首を傾げたくなるが、そこまで持って行った構成の妙に脱帽。宇宙版の「闇の奥」。ジェームス・グレイにしては上出来。

「アイリッシュマン」B アメリカでは大絶賛の嵐。私は落胆の嵐。アメリカの闇を描く意欲はわかるが、「野いちご」風構成がヘタ。スコセッシのマフィア世界巷談としたら「カジノ」とどっこいどっこいのひどさ。殊に、デ・ニーロがオソマツ。アメリカの批評家はデ・ニーロ、ペシのDE-AGINGをほめ称えているが、ふたりとも30代には見えない。唯一よいのはパチーノのジミー・ホッファと、「殺し」の一言を使わない殺しの指示。

「キャプテン・アメリカ/ファースト・アヴェンジャー」B+ レトロ感がよい。エヴァンスがひ弱な若者に見えるVFXがよい。なにゆえ、「アイリッシュマン」はこのレヴェルを求めなかったのか。

「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」A エヴァンスの身体能力とアクションの面白さ。これならMCUもイケル。

「アヴェンジャース」B+ キャプテン・アメリカ登場2本目というので見たのさ。



「恐怖の報酬」A ヴェラ・クルーゾーの幼稚な芝居に愕然。しかし、後半のモンタン、ヴァネルのチェンジ・オヴ・ガードに感動。

「ミスター・ガラス」B シャマランだが一応見れた。マカヴォイのおかげ。

「シヴィル・ウォー」C+ 座頭市対用心棒×5てな感じ。退屈。

「ホテル・ムンバイ」B+ 緊迫感はあるがフィクションに傾きすぎ。テロリストたちのインド系俳優がよい。ソラスの演出はうまい。

「アナイアレーション」A- ナタリー・ポートマンとヴィジュアルがすべて。

「アースクェイク・バード」B+ アリシアとライリーうまい。殊に、アリシアは日本語の長セリフを自然体でこなして見事。抑揚は外国人だが、その努力と熱意に圧倒される。小林直己は英語の芝居はいいが日本語芝居がダメ。ミステリーとしては退屈。イヴァン・コヴァックのカメラはよい。

「ファヴェーラの娘」B+ Pacifiedが英語題。パクストン・ウィンタースがリオのスラムで撮った。本来は娘の視点の作品なのだろうが、東映の任侠我慢映画になってしまった。出所したボス親のブカッサ・ケベンゲレと現役ボスのホゼ・ロレトがうまい。終盤がぐちゃぐちゃ。

「トリプル・フロンティア」A ベン・アフレック、オスカー・アイザック、チャーリー・ハナム、ギャレット・ヘドランド、ペドロ・パスカル5人のマッチョがいい。コロンビア・ロケも美しい。本来はキャサリン・ビグローの企画だったが、彼女は愚作「デトロイト」に行き、主役もジョニー・デップ、トム・ハンクスの組み合わせから始まって色々な組み合わせが検討された挙げ句、10年近くかかってNETFLIXがモノにした。JCチャンダー作品では一番面白い。



「バスターのバラード」A 第六話がなければA+。1、4、5が傑作。ポイントは、繰り返しの美学。

第一話は決闘を繰り返すシンギング・ガンスリンガー(ティム・ブレイク・ネルソン)で大いに笑い、第二話は縛り首を繰り返す男(ジェームス・フランコ)が登場し、第三話はリーアム・ニーソンの演劇馬車に乗ったハリー・メリングがゲティスバーグの演説その他を繰り返す。

第四話はジャック・ロンドンの原作を使い、トム・ウェイツが緑豊かな山あいの土地で砂金探しの穴掘りを繰り返す。このウェイツは絶品。「黄金」のウォルター・ヒューストンを彷彿とさせる。

第五話はスチュワート・エドワード・ホワイトの大西部小話集の一話「早とちりの娘」がベース。ワゴン・トレインの壮大な旅路でゾーイ・カザンが兄のこと犬のことでワゴン・マスターの助手へのお願いを繰り返す。ゾーイがうまいのは当然だがほぼ無名のビル・ヘックとグレインジャー・ハインズの西部男ぶりが圧巻。痺れた。しみじみ泣けた。

という具合に5話までは大西部の心が、コーエン兄弟の適度に毒気のあるユーモアで揺れている。第六話は、窮屈な駅馬車内部も含めてチープな設定で、乗り合わせた男女の人間の二面性談義の繰り返し。

モーパッサンの「脂肪の塊」とエミール・ゾラの暴走夜汽車話を掛け合わせたような、一筋縄では行かないコーエン兄弟が一筋縄では行かないことを売るためにだけ付け加えた蛇足。かつてはダーティ・ハリーの相方刑事を努めたタイン・デイリーのババアぶりとソウル・ルビナック、ブレンダン・グリーソンら演技巧者の退屈な芝居で塗り込められたどっちらけの一編。

「ノー・カントリー」をシメたトミー・リーのモノローグと同工異曲の蘊蓄セリフで終わらせたかったのだろうか。コーエン兄弟らしいと言えば、らしい、が、大西部の詩心と支配律は姑息な作家性を軽々と飛び越えていく。


 a-Nikki 1.02