2018/05/25 (金)

映画を愛するものは「モリーズ・ゲーム」を見るべし!


脚本家、映画監督を志すものは「モリーズ・ゲーム」を見て、その超一流の脚本話術、演技話術に圧倒されなくてはいけない。圧倒されない輩は脚本家にも映画監督にもなる資質はないと思ってくれ。

そして、「アイ・トーニャ」を見なさい。同じような実話ベースの映画化でこの落差はなんだろうと真摯に考えることが創作への正しい道筋を確保する。

そう。「アイ・トーニャ」は史上最悪のバカップルを主役にしたゲスのタブロイド映画。両者の違いを正確に感じ取れるかどうかがキー。



「モリーズ・ゲーム」の何が素晴らしいか。

先ず、脚本監督のアーロン・ソーキン。彼は「ソーシャル・ネットワーク」や「ジョブス」で証明されているように、コンテンポラリーの「自伝」映画脚色は神懸かりにうまい。今回は監督デビューもかねて、「ヒズ・ガール・フライデー」未満「関ヶ原」以上の速射砲トークで全篇を塗り込めている。

この手の「しゃべり倒し」映画の字幕は殆ど機能しないことが多いのだが、今回はかなり善戦している。台詞の情報量の8割はキープしているのだから、字幕担当者の努力は尋常ではない。結果として、展開も早く、字幕を読み切れない、おきざりにされたなどという泣き言書き込みも多いようだが、無視すればよい。



ソーキンの監督としての映像感覚はオーソドックス。しかし、緩急の付け方は歴戦の猛者を感じさせる。その珠玉の台詞を丁々発止と飛ばし合うジェシカ・チャスティンのモリーと黒人弁護士チャーリーを演ずるイドリス・エルバの絡みが、この作品最大のボディとソウル。いや、すごいのなんのって。

ふたりともアカデミー賞にはノミネートされなかったが、私に言わせれば、「スリー・ビルボード」で受賞したフランシス・マクドーマンドとサム・ロックウェルの主演女優賞/助演男優賞デュオよりも素晴らしい。

三つの時間の流れが併行して綴られる。過去ログのふたつはジェシカのウィッティーなマシンガン・ナレーション。

現実の、FBIに踏み込まれた/如何に裁判に対処する/ポーカー賭博の胴元クィーンの実相は何、というプロセスがジェシカ対イドリスのラウンド・マッチ。ダイアローグの完璧なる理解力とキャラクターへの「憑依のヴァリエーション」がまるでボクシングのラウンドのように展開する。

言葉で殴り合うんだよ、このふたりが。そこに、イドリスの娘とジェシカの父のエピソードが絡み、私は四度胸をゆさぶられ、二回慟哭した。

中でも、イドリスがジェシカの代理人であることを決心する法廷の場面は、意表をつく展開に舌を巻き、脚本の話術と演技の話術の巧みに感動した。



「アイ・トーニャ」にはこのような驚愕の芸術性は皆無。オーヴァーディレクションとオーヴァーな書き込み、うすっぺらな人間描写が全篇を覆い尽くしている。殊に、スティーヴン・ロジャースの脚本がひどい。

演技的にはモンスター・ママのアリソン・ジャニーは怪演だが、成長してからの娘との絡みの心理描写の書き込み不足。娘が突き進むバカップルの道の相方へのアンビヴァレントな感情がある筈なのにまったく描かれない。登場場面も少なくなってしまう。

この映画はゲスなタブロイド紙がカネでスキャンダルのネタを当事者から買って記事にしたようなものだ。

登場人物のインタヴュー形式で進むために、タブロイド型覗き見趣味の下品さが終始つきまとう。それでも話が、マーゴット・ロビー演ずるトーニャとアリソンの母親の戦闘の歴史で背骨ができていればなんとかなった気もする。しかし、映画は中盤からバカップルのバカぶりヴィニェット集になってしまうのだ。不愉快指数は映画が進めば進むほどあがって、ラストシーンではスクリーンに向かって大声で「バカヤロー!」もしくは「ファックU!」と叫びたくなる映画ではあった。



そして、全米批評家の評判がこれまた異常の極み。

トマト・メーターでの勝負ではモリー82%、トーニャ96%なのである。

無論、熟れたトマトの指数がいくら高くとも実質は伴っていないケースは多々ある。例えば、ハリウッドの映画業界紙ヴァラエティ紙の星取り表ならば、昔はきっちりと、PRO(支持派)、CON(不支持派)、MIX(どっちつかず)という具合に明確に三つに分かれていた。

ROTTEN TOMATOは熟れたトマト(支持)と腐ったトマト(不支持)の二極化にして、基本的にMIXを支持派に混入させている。

するとどういうことが起きるか。「オー・ルーシー」がいい例だ。熟れたトマト100%などと宣伝していたが、批評を読んでみると殆どが掛け値なしのMIX。大絶賛はひとつあったかどうか。

ゆえに「アイ・トーニャ」もMIXが殆どの96%だと思ったわけですよ、私は。

絶賛評が多かった。満天星もあったね。かたや、モリーの方、大絶賛はひとつふたつ。MIXが多数派の82%。

なぜだ?そこまで全米批評家はバカになったのか?奴らはゲスのタブロイド紙を読み狂う輩だったのか?苦悩し呻いて眠りにつき、やがて朝となって結論が出た。



両者が「実話」ベースであるところに答はあった。

モリーは超優秀な人間で美人。彼女の「自伝」はベストセラーになり、なお、真実をうまく隠している部分もあるらしい。さらに、映画ではハリウッドの超VIPなハイローラーをプレイヤーXとしてぼかしているが、原作本では実名で、レオナルド・ディカプリオ、ベン・アフレック、トビー・マクガイアが登場するのだそうだ。

プレイヤーXをトビーだと断定する評論家もいる。(映画ではマイケル・セラが神秘的不気味さで演じている)つまり、正直ではない。すべての札をさらけだしていない。

トーニャは、私も憶えているが、冬季と夏季を問わずオリンピック史上もっとも愚かで不愉快なアスリートであった。そのバカぶりをなんの制限も設けず、つまりNO HOLDS BARREDで描いている。かわいげあるじゃん、笑い飛ばしてやろうじゃん、ということか。

こういう色眼鏡は「ニュースの真相」でもあった。2015年、報道の内幕をリアルに描いた作品はケイト・ブランシェット&ロバート・レッドフォード主演の「ニュースの真相」と「スポットライト」だった。「ニュース」は軽視され、「スポットライト」にスポットライトがあたった。

後者の受賞は、ここでも書いたように、ジューイッシュ・エレメントが大きいが、前者への不評は、ケイトが演じたメアリー・メイプスとレッドフォードが演じたダン・ラザーへの批判が紛れもなく影響を及ぼした。



興味深いのは、メアリーもモリーと同じく超優秀なインディペンデント・ウーマンでありながら父親の呪縛に苦しんでいたことである。

「モリーズ・ゲーム」は父親から映画化許諾権を得られたようで、見事に、その呪縛が解かれるシーンをジェシカとケヴィン・コストナーの名場面としてクライマックスに組み込んでいる(ここでも慟哭)。「ニュースの真相」は許諾権が得られなかったようで、電話での応対で肩すかしに終わっている。

そういう欠点はあるものの、「スポットライト」と「ニュースの真相」のどちらに軍配をあげるかと問われれば、私は、僅差で「ニュースの真相」の勝ちを宣言する。

映画とポーカーを愛するものは「モリーズ・ゲーム」を見なさい。ここに描かれたゲーム(ホールデム)の葛藤は本物だし、解説技術も粋。でもなによりも、俳優たちが生き生きしている。演技合戦を描いた珠玉の名作。


2018/05/25 (金)

映画を愛するものは「モリーズ・ゲーム」を見るべし!


脚本家、映画監督を志すものは「モリーズ・ゲーム」を見て、その超一流の脚本話術、演技話術に圧倒されなくてはいけない。圧倒されない輩は脚本家にも映画監督にもなる資質はないと思ってくれ。

そして、「アイ・トーニャ」を見なさい。同じような実話ベースの映画化でこの落差はなんだろうと真摯に考えることが創作への正しい道筋を確保する。

そう。「アイ・トーニャ」は史上最悪のバカップルを主役にしたゲスのタブロイド映画。両者の違いを正確に感じ取れるかどうかがキー。



「モリーズ・ゲーム」の何が素晴らしいか。

先ず、脚本監督のアーロン・ソーキン。彼は「ソーシャル・ネットワーク」や「ジョブス」で証明されているように、コンテンポラリーの「自伝」映画脚色は神懸かりにうまい。今回は監督デビューもかねて、「ヒズ・ガール・フライデー」未満「関ヶ原」以上の速射砲トークで全篇を塗り込めている。

この手の「しゃべり倒し」映画の字幕は殆ど機能しないことが多いのだが、今回はかなり善戦している。台詞の情報量の8割はキープしているのだから、字幕担当者の努力は尋常ではない。結果として、展開も早く、字幕を読み切れない、おきざりにされたなどという泣き言書き込みも多いようだが、無視すればよい。



ソーキンの監督としての映像感覚はオーソドックス。しかし、緩急の付け方は歴戦の猛者を感じさせる。その珠玉の台詞を丁々発止と飛ばし合うジェシカ・チャスティンのモリーと黒人弁護士チャーリーを演ずるイドリス・エルバの絡みが、この作品最大のボディとソウル。いや、すごいのなんのって。

ふたりともアカデミー賞にはノミネートされなかったが、私に言わせれば、「スリー・ビルボード」で受賞したフランシス・マクドーマンドとサム・ロックウェルの主演女優賞/助演男優賞デュオよりも素晴らしい。

三つの時間の流れが併行して綴られる。過去ログのふたつはジェシカのウィッティーなマシンガン・ナレーション。

現実の、FBIに踏み込まれた/如何に裁判に対処する/ポーカー賭博の胴元クィーンの実相は何、というプロセスがジェシカ対イドリスのラウンド・マッチ。ダイアローグの完璧なる理解力とキャラクターへの「憑依のヴァリエーション」がまるでボクシングのラウンドのように展開する。

言葉で殴り合うんだよ、このふたりが。そこに、イドリスの娘とジェシカの父のエピソードが絡み、私は四度胸をゆさぶられ、二回慟哭した。

中でも、イドリスがジェシカの代理人であることを決心する法廷の場面は、意表をつく展開に舌を巻き、脚本の話術と演技の話術の巧みに感動した。



「アイ・トーニャ」にはこのような驚愕の芸術性は皆無。オーヴァーディレクションとオーヴァーな書き込み、うすっぺらな人間描写が全篇を覆い尽くしている。殊に、スティーヴン・ロジャースの脚本がひどい。

演技的にはモンスター・ママのアリソン・ジャニーは怪演だが、成長してからの娘との絡みの心理描写の書き込み不足。娘が突き進むバカップルの道の相方へのアンビヴァレントな感情がある筈なのにまったく描かれない。登場場面も少なくなってしまう。

この映画はゲスなタブロイド紙がカネでスキャンダルのネタを当事者から買って記事にしたようなものだ。

登場人物のインタヴュー形式で進むために、タブロイド型覗き見趣味の下品さが終始つきまとう。それでも話が、マーゴット・ロビー演ずるトーニャとアリソンの母親の戦闘の歴史で背骨ができていればなんとかなった気もする。しかし、映画は中盤からバカップルのバカぶりヴィニェット集になってしまうのだ。不愉快指数は映画が進めば進むほどあがって、ラストシーンではスクリーンに向かって大声で「バカヤロー!」もしくは「ファックU!」と叫びたくなる映画ではあった。



そして、全米批評家の評判がこれまた異常の極み。

トマト・メーターでの勝負ではモリー82%、トーニャ96%なのである。

無論、熟れたトマトの指数がいくら高くとも実質は伴っていないケースは多々ある。例えば、ハリウッドの映画業界紙ヴァラエティ紙の星取り表ならば、昔はきっちりと、PRO(支持派)、CON(不支持派)、MIX(どっちつかず)という具合に明確に三つに分かれていた。

ROTTEN TOMATOは熟れたトマト(支持)と腐ったトマト(不支持)の二極化にして、基本的にMIXを支持派に混入させている。

するとどういうことが起きるか。「オー・ルーシー」がいい例だ。熟れたトマト100%などと宣伝していたが、批評を読んでみると殆どが掛け値なしのMIX。大絶賛はひとつあったかどうか。

ゆえに「アイ・トーニャ」もMIXが殆どの96%だと思ったわけですよ、私は。

絶賛評が多かった。満天星もあったね。かたや、モリーの方、大絶賛はひとつふたつ。MIXが多数派の82%。

なぜだ?そこまで全米批評家はバカになったのか?奴らはゲスのタブロイド紙を読み狂う輩だったのか?苦悩し呻いて眠りにつき、やがて朝となって結論が出た。



両者が「実話」ベースであるところに答はあった。

モリーは超優秀な人間で美人。彼女の「自伝」はベストセラーになり、なお、真実をうまく隠している部分もあるらしい。さらに、映画ではハリウッドの超VIPなハイローラーをプレイヤーXとしてぼかしているが、原作本では実名で、レオナルド・ディカプリオ、ベン・アフレック、トビー・マクガイアが登場するのだそうだ。

プレイヤーXをトビーだと断定する評論家もいる。(映画ではマイケル・セラが神秘的不気味さで演じている)つまり、正直ではない。すべての札をさらけだしていない。

トーニャは、私も憶えているが、冬季と夏季を問わずオリンピック史上もっとも愚かで不愉快なアスリートであった。そのバカぶりをなんの制限も設けず、つまりNO HOLDS BARREDで描いている。かわいげあるじゃん、笑い飛ばしてやろうじゃん、ということか。

こういう色眼鏡は「ニュースの真相」でもあった。2015年、報道の内幕をリアルに描いた作品はケイト・ブランシェット&ロバート・レッドフォード主演の「ニュースの真相」と「スポットライト」だった。「ニュース」は軽視され、「スポットライト」にスポットライトがあたった。

後者の受賞は、ここでも書いたように、ジューイッシュ・エレメントが大きいが、前者への不評は、ケイトが演じたメアリー・メイプスとレッドフォードが演じたダン・ラザーへの批判が紛れもなく影響を及ぼした。



興味深いのは、メアリーもモリーと同じく超優秀なインディペンデント・ウーマンでありながら父親の呪縛に苦しんでいたことである。

「モリーズ・ゲーム」は父親から映画化許諾権を得られたようで、見事に、その呪縛が解かれるシーンをジェシカとケヴィン・コストナーの名場面としてクライマックスに組み込んでいる(ここでも慟哭)。「ニュースの真相」は許諾権が得られなかったようで、電話での応対で肩すかしに終わっている。

そういう欠点はあるものの、「スポットライト」と「ニュースの真相」のどちらに軍配をあげるかと問われれば、私は、僅差で「ニュースの真相」の勝ちを宣言する。

映画とポーカーを愛するものは「モリーズ・ゲーム」を見なさい。ここに描かれたゲーム(ホールデム)の葛藤は本物だし、解説技術も粋。でもなによりも、俳優たちが生き生きしている。演技合戦を描いた珠玉の名作。


2018/05/20 (日)

すごい!是枝監督おめでとう!


「万引き家族」がパルムドール!スパイク・リーがグランプリ。ナディーンが審査員賞。パヴェルが監督賞。アリーチェが脚本賞(タイ)。イ・チャンドンがまさかの無冠。賞に絡むと予想した6本のうち5本までは当たったが、金と銀はいい意味で予想外だった。

ナディーンもアリーチェも、技巧がまだまだという評価をケイトたち審査員が下したわけだ。それにしてもすごい。今度こそカンヌで評価された是枝作品はアカデミー賞外国映画部門の代表になるだろう。ならなきゃおかしい。確実にノミネートもされる。

ムービープラスがカンヌの授賞式をライヴで流してくれたのはありがたいが、スタジオトークで「気狂いピエロ」を「きぐるいピエロ」と連呼したのにはまいった。いくら「きちがい」が放送禁止用語だといっても、「きぐるい」に言い換えることはないだろ。事情を話して原題で統一すればよいのに。それとも、私の知らない間に邦題の読みが変更されてしまったのか。

ついでにいえば、是枝作品のカンヌ戦歴紹介パネルで「花よりもなほ」がカンヌコンペと書いてあったが、あれはサンセバスチャンのコンペ。「ある視点」に出た「空気人形」が抜けていた。恥ずかしいよね。

とにかく朝に成ったら樹木さんにおめでとうの電話をいれよう。



ベッドに入ったのは午前4時。なかなか寝付けなかった。それでも9時に起きて先ずドジャースのゲームをチェック。意外なことに、ダブルヘッダーの第一試合は4対1で勝っていた。相手はナショナルズ。しかし絶不調から立ち直ったかに見えたベリンジャーは3三振。第二試合も始まっていて初回にピーダーソン、マンシーの連打でシャーザーから一点をもぎとっている。4番のベリンジャーは三振。そこまで把握したところで樹木希林さんにTEL。久しぶりに声を聞く。大変に喜んでくれる。「万引き家族」のパルムドールは幼女を含む女たち4人の名演の勝利だ、と伝える。しばし歓談。



昨夜のカンヌ・ライヴでは最後の三つの賞発表の段階で会場に来ていた監督で残っていたのはナディーンとスパイクと是枝。イ・チャンドンの姿がまったく映っていなかったので彼の受賞はないのだとわかった。

一晩寝てはっきりしたのだが、ケイト以下の審査員は本当にフェアに女性映画人を称えたのだと思う。女性監督にパルムドールを取らせたい、という気持ちはあっただろう。しかし、審査員は映画人としての矜持がある。何がなんでも女性監督という「政治」には陥らず、作品のクォリティ・プラス女性の役割を考えてくれた。描かれる女性の魅力、それがイ・チャンドンにもヌリ・ビルゲ・ジェイランにも欠けていたのだろう。

とにかく「万引き家族」の三女優(安藤サクラ、松岡茉優、樹木希林)は役どころも存在感も素晴らしい。それに加えて幼女を演じた佐々木みゆの天真爛漫の魅力。「万引き家族」は女優映画の王道をゆく名作なのだ。これにはスパイク・リーの年季と執念も勝てない。ナディーンの「カペナウム」に関して言えば、クリップ映像を見た限り、撮影トーンは「万引き家族」の豊穣な陰影に遠くおよばなかった。

是枝監督は本当に素晴らしい審査員たちとめぐりあえたと思う。それが心底うらやましい。日本の映画作りに携わる一員として、ケイト・ブランシェットに百万回の投げキッスを贈りたい。


2018/05/20 (日)

すごい!是枝監督おめでとう!


「万引き家族」がパルムドール!スパイク・リーがグランプリ。ナディーンが審査員賞。パヴェルが監督賞。アリーチェが脚本賞(タイ)。イ・チャンドンがまさかの無冠。賞に絡むと予想した6本のうち5本までは当たったが、金と銀はいい意味で予想外だった。

ナディーンもアリーチェも、技巧がまだまだという評価をケイトたち審査員が下したわけだ。それにしてもすごい。今度こそカンヌで評価された是枝作品はアカデミー賞外国映画部門の代表になるだろう。ならなきゃおかしい。確実にノミネートもされる。

ムービープラスがカンヌの授賞式をライヴで流してくれたのはありがたいが、スタジオトークで「気狂いピエロ」を「きぐるいピエロ」と連呼したのにはまいった。いくら「きちがい」が放送禁止用語だといっても、「きぐるい」に言い換えることはないだろ。事情を話して原題で統一すればよいのに。それとも、私の知らない間に邦題の読みが変更されてしまったのか。

ついでにいえば、是枝作品のカンヌ戦歴紹介パネルで「花よりもなほ」がカンヌコンペと書いてあったが、あれはサンセバスチャンのコンペ。「ある視点」に出た「空気人形」が抜けていた。恥ずかしいよね。

とにかく朝に成ったら樹木さんにおめでとうの電話をいれよう。



ベッドに入ったのは午前4時。なかなか寝付けなかった。それでも9時に起きて先ずドジャースのゲームをチェック。意外なことに、ダブルヘッダーの第一試合は4対1で勝っていた。相手はナショナルズ。しかし絶不調から立ち直ったかに見えたベリンジャーは3三振。第二試合も始まっていて初回にピーダーソン、マンシーの連打でシャーザーから一点をもぎとっている。4番のベリンジャーは三振。そこまで把握したところで樹木希林さんにTEL。久しぶりに声を聞く。大変に喜んでくれる。「万引き家族」のパルムドールは幼女を含む女たち4人の名演の勝利だ、と伝える。しばし歓談。



昨夜のカンヌ・ライヴでは最後の三つの賞発表の段階で会場に来ていた監督で残っていたのはナディーンとスパイクと是枝。イ・チャンドンの姿がまったく映っていなかったので彼の受賞はないのだとわかった。

一晩寝てはっきりしたのだが、ケイト以下の審査員は本当にフェアに女性映画人を称えたのだと思う。女性監督にパルムドールを取らせたい、という気持ちはあっただろう。しかし、審査員は映画人としての矜持がある。何がなんでも女性監督という「政治」には陥らず、作品のクォリティ・プラス女性の役割を考えてくれた。描かれる女性の魅力、それがイ・チャンドンにもヌリ・ビルゲ・ジェイランにも欠けていたのだろう。

とにかく「万引き家族」の三女優(安藤サクラ、松岡茉優、樹木希林)は役どころも存在感も素晴らしい。それに加えて幼女を演じた佐々木みゆの天真爛漫の魅力。「万引き家族」は女優映画の王道をゆく名作なのだ。これにはスパイク・リーの年季と執念も勝てない。ナディーンの「カペナウム」に関して言えば、クリップ映像を見た限り、撮影トーンは「万引き家族」の豊穣な陰影に遠くおよばなかった。

是枝監督は本当に素晴らしい審査員たちとめぐりあえたと思う。それが心底うらやましい。日本の映画作りに携わる一員として、ケイト・ブランシェットに百万回の投げキッスを贈りたい。


2018/05/19 (土)

カンヌ2018の賞の行方は?


カンヌも大詰め。あと24時間のうちに受賞作が発表される。昨夜、ニール・ヤングのオッズをチェックして思わす歓声をあげてしまった。ナディーン・ラバキの「CAPERNAUM」がパルムドール受賞オッズのトップに躍り出たのだ。評価も大絶賛が多い。全米配給権はソニー・クラシックが買った。CAAがナディーンとエージェント契約をした。日本のメディアが大好きなスタンディング・オヴェーションの長さでいうと、「万引き家族」よりも6分長い15分だった。

この勢いでナディーンがパルムドールを取るのではないか、と私は勝手に興奮している。

まだ公式上映最終日の2本(セルゲイ・ドゥヴォルツェヴォイ作品とヌリ・ビルゲ・ジェイラン作品)の評価は出ていないが、私は、以下の6本が賞に絡みそのうちの2本がパルムドールとグランプリに輝くだろうと夢想する。

「COLD WAR」、「HAPPY AS LAZZARO」、「万引き家族」、「BURNING」、「BLACKKKLANSMAN」、「CAPERNAUM」だ。

批評家の評価という点では「ブラッKKKランズマン」が一番低いが、私には、黒人女性監督エヴァ・デュヴァネイを含むこの審査員たちが、スパイク・リーの円熟したメッセージ映画を評価しないわけがない、と思うのだ。

同時に、この6本は、既に見て感激した「万引き家族」を除けば、コンペの中で私がもっとも見たいと思う作品群である。

私が連単で買うとしたら1着ナディーン、2着イ・チャンドンかな。後はナディーンをアタマで他の5作品で流す。



何が選ばれるにせよ、この審査員たちなら正統派の名作を選んでくれると信頼している。去年のパルムドールは最悪だった。スウェーデンの「ザ・スクエア」。副題は、私に言わせれば、「思い上がりの聖域」。

監督脚本のルーベン・オズムンドは短編脳しかもっていない。人間の愚かさのヴィニェット集とでもいう作品。北欧家具のニートな陳列を2時間22分かけて眺めさせられた感覚。「愚かさ」のいくつかは使い古しのものや到底理解不可能な出来事が多く、オズムンドには愛想が尽きた。ペドロ・アルモドヴァルが審査委員長でなければ金メダルなど取れなかったと思う。そもそもコンペに入るのもおかしな凡作。映画祭ディレクターのティエリー・フレモーがリュミエール美術館の館長を務めているから主人公に共感してしまったのだろう。カンヌのコンペには、ベストの作品が選ばれるわけではない。


 a-Nikki 1.02