2019/08/18 (日)

うまい脚色ヘタな脚色。


ジョン・ル・カレ原作の映像化作品を先月から立て続けに3本見た。「リトル・ドラマー・ガール」、「われら背きし者」、「ナイト・マネジャー」だ。「リトル」は約7時間のリミテッド・シリーズゆえ原作の香華を脚色できた。キャスト、演出ともに出色だった。「われら」は2時間弱のホンペンに縮めたため脚色に大失敗している。

「ナイト」は、6話6時間弱の2016年度作品。脚色はうまい。製作費も4000万ドル前後かけてエジプト、スペイン、スイス、そして英国のロケ地選択が贅沢なエピックスケールの犯罪映画になっている。

ル・カレお得意のスパイ・スリラーというよりは、パート「キーラーゴ」、パート「東京暗黒街竹の家」といったノアール・タッチの犯罪映画に近い。私が今取り組んでいる脚本も同工異曲なので余計引き寄せられたのかもしれない。

ディテールにこだわって、人と人の絆を精緻に編むル・カレ・ワールドの映像化に先ず欠かせないのがRUNNING TIME、つまり「尺」だ。尺が長ければ役者たちのニュアンスの芝居と余裕をもって付き合える。



「ナイト」の脚色のうまさの第一は、エジプト、カイロの超高級ホテル「ネフェルティティ」で始まって、スイス・アルプス、マヨルカ、マドリッド、ロンドンを経てネフェルティティに戻って来る設定だろう。

第二は、原作では男だったMI6のチームリーダーを女に変えた点だ。

監督のスザンネ・ビアがオリヴィア・コールマンを見て気に入り、アンジェラ・バーの役を作ったという。作品の売りはトム・ヒドルストン(ジョナサン・パインことザ・ナイト・マネジャー)対ヒュー・ローリー(リチャード・ローパー)の対決で、ふたりとも素晴らしい演技を見せているが、より目を奪うのはオリヴィアの役作りだ。

数多の役者がMI6のエージェントもしくは上級幹部を演じて来たが、その頂点は、BBCの2本のミニシリーズでジョージ・スマイリーを演じたサー・アレック・ギネスであった。「女王陛下のお気に入り」でアカデミー賞主演女優賞に輝く前夜のオリヴィアがタックルしたアンジェラ・バーの闘魂や絶望やフェアな精神は、ギネスと並ぶハイライト・リールのハイライト・キャッチといっていい。



オリヴィアと好対照の賞金美女ジェッドを演ずるエリザベス・デベッキも、「ロスト・マネー」とは桁違いの存在感を見せている。スザンネはジェッドの感情をきめ細かにすくっている。男たちはそれぞれ勝手に役作りをして、女たちには細かなニュアンスの芝居を求めた、そんな感じ。犯罪映画に於けるボスの情婦を演じた女優の中でも、私はこのデベッキをトップ3に押し込みたい。

この4人が傑出して、脇がスカスカに見えてしまう。

スカスカの問題点は、ノアール型犯罪映画に不可欠の拳銃魔的イカれた兄ちゃんがいないこと。

トム・ホーランダーのコーキーがその第一候補だが、演技は一流でも体型が貧弱で「脅威」にはなりえない。男対男の対決トーンが、スザンネには遠くの雷鳴であったらしく、コーキーの扱いに於ける不備は随所にある。殺される間際、突如、「危険な存在」になっても白けるばかりだし、パインがコーキーに用心しながらいつも足をすくわれる設定も潜入捜査官としては失格だ。

コーキー以外にも「キーラーゴ」のイライジャ・クック・ジュニアに匹敵する役を作ろうと思えば作れたのに、スザンネはそこまで気が行っていない。



誤解なきよう言うならば、スザンネ・ビアは「われら背きし者」の監督スザンナ・ホワイトなどとはランクの違う演出力を発揮している。ただし、男の嫉妬&闘争では鈍さが目立つということ。殊に、ラストの銃器運送トラック軍団爆破直後の、パインとローパーの敵対の芝居が締まらない。パインはローパーに背中を向けたまま、敵対のセリフを待っている恥ずかしい間、人物配置のミス、演出の不在がある。勿体ない。

構成上の欠点もアクションがらみで確実にひとつある。パインがローパー・ファミリーに入り込む偽装誘拐だ。ここは脚本も演出も杜撰すぎる。あまりに簡単に偽装誘拐が成立するゆえにローパー・ギャングが無能に見える。ボディガードが武装解除されるのもドジだが、それこそ、コーキーが戦える男ならここで動くだろう。パインの「ヒロイック」を見せるのも、誘拐現場であるレストランの厨房というのもイージーだし、距離的に近過ぎる。バレないのが不思議。偽装誘拐を仕組んだアンジェラが主体的に絡まないのも弱い。

とはいえ、エピソード1には心底感動した。ゾクゾクした。第二話で、ん?となり、第三話から第五話にかけて派手に盛り上がり、ヒドルストンの影が徐々に薄くなっていくのに怖れを感じ、第六話のネフェルティティに戻って来たところで再びゾクゾクし、終盤の、情がぶつかり合うアクションで「スザンネ、戦う個体描写がヘタ」と体半分引けてしまった。昨夜一気見して、A+ A- A- A A+ A-の流れではあった。


2試合続けてハイソックスでプレイし、40号、41号ホーマーを放ったベリ。きょうもハイソックスだったが三振ふたつのヒット一本、ポップフライひとつでゲームにも負けた。殊に、最後のアウトになったポップフライは絶好球だった。1センチ上を叩いていれば2ランホーマーだった。それで逆転し、ホームラン数も単独トップになれたのに。悔しい思いで今夜は早く寝て(今頃はもう起きているか)明日はソックスをおろし、ホームランを量産してくれ。2ラン3本か、3ラン2本。RBIも明日6点稼いで100点越えを決めよう。


2019/08/15 (木)

BLL SEASON 2のドタバタに納得。


アマゾン・プライムでスターチャンネルのお試し期間があった。そこでBLL2の第二話までを見ることができた。で、8/1のブログにも書いたトラブルがすべて氷解した。インディワイアのすっぱ抜き記事はフェイクニュース一歩手前だな。アンドレア・アーノルド版を再編集した云々というのは、別にバトル・オヴ・セックスでもなんでもなかった。女優たちが声をあげないのも当然だった。

要は、脚本がひどくつまらないのだ。不愉快ですらある。それをアンドレアは彼女なりに忠実に演出して、陰気なドラマがあがってしまったために、ケリーが大慌てで前作のジャン・マルク・ヴァレにエマージェンシー手術を頼んだのだろう。

悪あがきだ。

シーズン1最後の事件を引きずった5人の母たち、通称「モントレー5」に魅力がない。ニコール・キッドマンのセレステは未だに旦那を忘れられずセラピストに行ったり、悪夢に悩まされたりで2話まで見て、いい加減にしろの気分になった。

「実行犯」のゾーイは罪の意識に鬱屈してやたらとさまよい歩いて陰鬱。リースも、ローラもそれぞれの「嘘」がバレて家庭崩壊。

つまり、シーズン1で完結している話を無理矢理引き延ばしたから嘘がバレる方向に話を持って行き、安っぽく腐ったメロドラマ臭がぷんぷん匂うことになった。原作クライマックスの弱点を拡張する結果となった。

メリル・ストリープを連れて来てもどうにもならない。残り5話は、よっぽどヒマな時に見ることにしよう。


2019/08/12 (月)

ブックス・マラソン。


この一週間で購入した本を「スタートライン」に並べてみる。アマゾンでオーダーした本、シャンテビルの書店日比谷コテージと代官山TSUTAYAで棚から直に選りすぐった本、色々だ。最近はアマゾンでの購入がメインだったから書店での購入は半年ぶりかもしれない。

今回は11冊。ヨーイドンで一斉に走らせる。つまり、同時に読み始める。本のマラソン。

出走メンツは、BBSで塩野さんが推薦していたコニー・ウィリスの「ブラックアウト上下」とついでに選んだ短編集「空襲警報」、「吉良上野介を弁護する」(岳真也)、これらはアマゾンでオーダーした。

書店でじっくり選んだ「アウシュヴィッツの図書係」(アントニオ・G・イトゥルベ)、「地下鉄道」(コルソン・ホワイトヘッド)、「拳銃使いの娘」(ジョーダン・ハーパー)、「ブラッド・メリディアン」(コーマック・マッカーシー)、「東の果て、夜へ」(ビル・ビバリー)、「連続殺人犯」(小野一光)、「私の消滅」(中村文則)、「カリ・モーラ」(トマス・ハリス)。



これに7月に出走組の「血別」、「憚りながら」、「ごじゃの一分」といったヤクザのテスタメント、”BALL OF FIRE” “KOHIMA” “LAST RIDE OF GRAYSON’S RAIDERS”といった英語本が重なる。それより以前に出走した組もある。4、5年前にスタートしてまだ完走していない本もある。

8月出走組に絞ると、「私の消滅」が先ず消滅した。数ページ読んで不愉快になり捨てたのだ。この作家は「掏摸」がよかっただけ。本人が禁煙して登場人物にも禁煙させない限り、もう二度と手に取ることはない。「掏摸」も、以前書いたような気がするが、登場人物のヘヴィスモーカーぶりに辟易としたが、物語世界がブレッソンの “PICKPOCKET”とリンクしていたから惹かれた。

ウィリスのタイムトラヴェルものは、私も時間と戦うオリジナル脚本を10年に一度の割合で書いているだけに面白くなりそうな予感はある。ただし、導入部のコリン君はバタバタしすぎ。原文の雰囲気がわからないからなんとも言えないが、高校生の分際でダンワージー教授にタメグチをぶつける翻訳に違和感を覚えた。いずれにせよ、人の出入りが激しいだけで魅力的なキャラクターが今のところ出て来ない。ウィリスの筆致は、映画向きじゃないかもなー、などと考えつつページをめくっている。



「アウシュヴィッツ」と「地下鉄道」は、どちらも少女が主役だが、冒頭から読者の心を掴む。じっくり、いい環境で読み進めたい。

「ブラッド・メリディアン」はアメリカにいた頃、購入したことを忘れていた。マッカーシーは “THE ROAD”が面白くて、映画化を夢見たこともある。未だに、無能な監督による映画版を許せない。いずれにせよ、マッカーシー文学の翻訳はシンプルな文体だけにニュアンスがむずかしい。殊に、会話が。おそらく途中でリタイアしまうのではないか。

読み始めて半日で完走してしまった本もある。面白かったからではない。あまりにお粗末だったので、どうしてこの作家がこれほどひどいのか、時間をかけずに決着をつけたかったのだ。厳密に言えば、「完走」ではなく「棄権」というべきか。飛ばし読みもしたし。

トマス・ハリスの13年ぶりの新作「カリ・モーラ」。代官山のTSUTAYAの本棚で見つけ、あれ?ハリスは引退したんじゃなかったの!と驚き半分喜び半分で購入したのだが・・・。



「ブラック・サンデー」から「羊たちの沈黙」に至る緻密なプロットはどこへ行ったのかと驚く展開なのである。フロリダ舞台のエルモア・レナードの犯罪小説を泥で薄めて間延びさせた筋立てだ。

参考までに忠告しておくと、帯に使われているワシントン・ポストの書評は全文を読むと、ネガティヴなミックス評だからね。アメリカでの書評は、私が目を通した限り、すべて腐れトマト。

中盤で立ち直るかと思ったのが、少女兵士だったカリ・モーラの過去。誘拐された老教授との交情だけは、豊かな意外性がある。それが続かないところが78才のハリスだ。

ラストのカリとハンス・ピーターの死闘も一応読み応えはあるのだが、そこまでのビルドアップが出来ていない。主要脇役になる可能性もあったベニートもロブリスも使えていない。三流の雑。

ちなみに、カリの必殺逆転の小道具は、ハンス・ピーターがそれをアントニオから盗んだくだりで「当然こうなるだろう」と予想できました。なぜならば、私が先週書き上げた脚本で、同様の小道具を使っての殺戮シーンを書いているので。

単細胞の読者は、私が作った映画を見て、「カリ・モーラ」からアイデアを借りたと批判するかもね。でも、この手口、他にもきっとどこかで誰かが使っているだろうし、気にすることもないか。


2019/08/08 (木)

2019 ACTING WORKSHOP!


今年もまた演技ワークショップを開いた。8/5 & 8/6。総勢52名。テキストは昨年と同じ我がオリジナルの「裁かれるエリア・カザン」。

2018ヴァージョンと比べ役を12名から8名に落とし、ヴォリュームもスリムにした。とにかく若い世代の俳優たちに赤狩りの時代のことを学習してもらいたい、エリア・カザンの苦難を通して表現者の見識を理解してもらいたいというところから生まれたテキストだ。応募数はいつもとほぼ同じ。募集人員の倍。つまり二人に一人の割合で落とした。

オーディションでの才能の発見は束の間の出会いベースなので直感が大事になってくる。こういうワークショップでの出会いは様々な可能性を感ずることができるから面白い。直感的には、こいつダメ、と思った受講生が二日目が終わる頃には輝く存在感を放っていたりする。二日間での成長のプロセスを眺めるのは私にとって刺激的で愉快壮快となる。

時には「若さ」にエネルギーを吸い取られてしまうこともあるが、今回はエネルギーを貰った感じがする。打ち上げの料理もおいしくて、充実した二日間を過ごすことが出来た。

というわけで、このノウハウを忘れないうちに次のワークショップを開こうと思っている。テキストは同じ。時期は多分10月。詳細はいずれ。

というわけで、駄作「ロスト・マネー」を論じて時間を潰すのはバカバカしい、と思うようになった。だから、いずれ、潰せる時間のある時に簡潔に書こう。


2019/08/04 (日)

7月の採点表、または「落ちた偶像事件簿」の3


7/23 「ドッグマン」
カンヌでは主演男優賞受賞。アカデミー賞にはイタリア代表として出品されたがショート・リストにも入らなかった。これがこの作品のすべてを物語っている。役者だけを取り上げるなら現代のダビデのマルチェロ・フォンテも、ゴリアテ型暴力男のエドアルド・ペッシェも魅力的だ。作品としてみると、ひどく筋が悪い。

マッテオ・ガローネは「ゴモラ」にも「リアリティ」にも失望させられた。彼は、愚かな人間の矛盾を葛藤とは縁の無い矛盾のまま投げ出す。故に、主役に抱く感想が「バカは死ななきゃ直らない」で終わってしまう。「ドッグマン」もまさにそれ。オープニングの獰猛な犬と主人公を描いたメタファーが作品に生きていない。獰猛な犬をこれだけうまく扱える奴が、なんで刑務所の一年を経なければ暴力男を「調教」できなかったのか、と考えてしまうのだ。

実話ベースなので、事実がそういうことであったかもしれない。しかし、そうだとしても、映画は実人生を2時間前後に凝縮して切り取る。スクリーン上のリアリズムには時間制限がある。「刑務所の一年」は余計だ。しかも、描かれずに「一年後」に飛ぶ。

最初の30分は支配者/被支配者の関係に引き込まれた。殊に、冷凍チワワを救うくだりは主人公のレゾンデートルを明快にする。ところが、逆襲のビルドアップがないまま、暴力男の「身代わり」として刑務所に入る決断をする主人公を押し付けられたとき、私は作品を見放した。ゴリアテを倒したダビデはここまでアホではなかった。エピローグの「調教」は作劇としては、遅きに失した見せ場。ただただ虚しい。スコア:B-。



7/24 「OLIVE KITTERIDGE」 
2014年のHBOミニシリーズ。4話、一気見。ピュリッツァー賞受賞の原作本がよいのだろう。本人の毒舌が巻き起こす波乱以外これといった事件も起こらないメイン州の海岸の小さな町で暮らす中学教師オリーヴ・キタリッジの25年の物語。

フランシス・マクドーマンドがオスカー受賞の「スリー・ビルボード」以前に見せた「スリー・ビルボード」以上の名演技。ミスター・ナイスガイの旦那を演じるリチャード・ジェンキンス以下、ビル・マレー、ゾーイ・カザン、ジョン・ギャラガー・ジュニアら共演者も秀逸。「キッズ・アー・オールライト」は平板だったリサ・チョロデンコが過不足なく描いている。宝石のような人生の営みが心を揺さぶる。スコア:A。



7/27 「われらが背きし者」
ル・カレの原作には興味深いプロットがある。が、ホセイン・アミニの脚色がハズレ。スザンナ・ホワイトは「GENERATION KILL」では卓越な演出力を見せたが、脚本が悪いとただのおばさん。プチ落ちた偶像。ユアン、ナオミがつまらない主役カップル、ステランとデミアンが魅力的。面白くなる話を安っぽく作ってしまった。スコア:C+。

7/29 「ライ麦畑の反逆児」
ROTTEN TOMATOの評価は28%。この数字が表わすほどの愚作ではない。何よりもサリンジャーのニコラス・ホルトと、若き日のサリンジャーに作家への道を開いた教師ウィットを演ずるケヴィン・スペイシーがいい。2017年度の作品だから、スペイシーの性癖が問題化する直前の出演作ではある。

否定的な評の殆どは、批評家たちにとっても青春の聖域JDサリンジャーを「安易」に映画化した点にあるようだ。殊に、CATCHER IN THE RYE をもじった原題 REBEL IN THE RYEに対する風当たりが強い。強いて問題点をあげれば、ヴェテランの脚本家ダニー・ストロングが監督デビュー作で取り組む題材ではなかったとはいえる。

つまり、サリンジャーはアメリカ文学史上最大のエニグマを抱え込んだ作家であった。手慣れた脚本と初心者演出の組み合わせでは到底歯が立たない。殊に、サリンジャーの作家として栄光と挫折(というか逃避)に決定的に寄与した戦争体験を、製作費がないこともあって、イージーな点描で終わらせてしまったあたりは罪が深い。

サリンジャー信奉者にとっては、軽く扱ってくれるな、の部分であったろう。サリンジャー信奉者ではない私はその辺には鈍感で、演技を楽しんだ。

それにしても、スペイシーの演技は神の領域だ。これと前後して出演した「ベイビー・ドライバー」でも輝いていた。これだけの芸術家をセックス・スキャンダルで抹殺することは映画演劇界の大きな損失だ。スコア:B+。



7/30 「ロスト・マネー」
2018年暮れの時点で、私が最も見たかった映画は、スティーヴ・マックィーンの「WIDOWS」だった。異才ではあっても退屈な「SHAME」から「それでも夜は明ける」へのクワンタム・リープは見事だった。次の「WIDOWS」は女たちの犯罪映画だという。ヴィオラ・デイヴィスがミシェル・ロドリゲス、エリザベス・ディビッキ、そして私が今もっとも愛する女優キャリー・クーンをリクルートして現金強奪を図るというのだから、ゾクゾクした。

ところが。

待てど暮らせど公開されない。そのうちに「妻たちの落とし前」という邦題になったという情報が入り、がっくり。その数ヶ月後、邦題はさらにチープな「ロスト・マネー 偽りの報酬」に変更され、劇場公開は見送り、となった。なななななな、なぜ?

ROTTEN TOMATOESの評価メーターは総勢400名弱の91%。トップ・クリティック49名の評価だけを取ると、42対7。ということは85%の褒め言葉。とはいえ、褒めトマトはミックス・レヴューまで含むサイトであるゆえ、絶賛評のみをセレクトしてみると、42名の半数強に過ぎない。支持(PRO)、不支持(CON)両者のいくつかを読み比べてみたが、真実は、この目で確かめるまでわからない。ただ、日本での劇場公開見送りの事実と付き合わせてみると、強奪シーンまでが退屈で長い、という評価は確実であるように思えた。

ROTTEN TOMATOESサイトには観客メーターもある。こちらは腐れ寸前の61%なのだ。一般には受けていない。というわけで、期待のハードルを30センチくらい下げて、DVDレンタルで「ロスト・マネー」を見た。



開始5分、ひとつ突っ込みを入れたくなった。以降、出るわ出るわの突っ込みどころ満載映画だ。腹を抱えて笑ったのは、ヴィオラが仲間のミシェル、エリザベスと密談すべくサウナに入る。他人が入って来ると脅し、バスタオルを巻いた三人がサウナを独占する。そして、あろうことか、ヴィオラが持ち込んだポシェットから現金を取り出し、ボス顔で、きょうの駄賃だ、とっときな風に、バスタオルのミシェルとエリザベスに渡すのだ。イエス、マジで。マジにマジな密談シーンで。サウナでキャッシュ貰ってどうしたらいい?普通、困惑するよね。でも、ふたりはおごそかに受け取るわけだ。いやあ、オリジナルはオリジナルだね。これだけバカっぽい、と。

絶賛評の大半は、この映画がスタイリッシュでオリジナリティにあふれる女たちの犯罪映画と持ち上げている。男女の比率は6:4で女性多めとはいえ、この人たちは映画技法の基礎および実生活の常識を学び直した方がいいのではないか。基本的に、欧米の批評家の見識は、文学的素養、映画史的素養に於いて、日本の映画評論家より数段上だと思っていた。が、時たま、こういう褒めてしまったら恥ずかしい作品を褒めるフロップが出る。NOBODY’S PERFECT!

この作品に関する限り、酷評したレックス・リード、ミック・ラサールら7人のトップ・クリティックが圧倒的に正しい。

何が問題か。

次回は物語の流れに沿って順に紐解いて行く。途中からネタバレにもなるので見る予定の人は作品を見てから読んで欲しい。何しろ、主人公ヴィオラの強奪モーティベーションがまったく見えなくなるのが、終盤のネタばらし以降なのだ。それまでも、失敗はしているんだけどね。スコア:C。

ちなみに私が愛するキャリーの出番は、「荒野の誓い」のティモシー・シャラメとどっこいどっこいの、だっせーちょい役であった。撮った出番を大幅に削られたのだろう。でなけりゃ話が繋がらない。キャリー軽視という事実だけでも、私はマックィーンに頭突きを食らわせたくなった。


この10年で最大の「落ちた偶像」賞をスティーヴ・マックィーンに送る。


 a-Nikki 1.02