2019/08/02 (金) 6月以降の採点表、または「落ちた偶像事件簿」の1。
■ 6/10 「ピータールー」。落ちた偶像その1は、マイク・リーの絶対的なワースト1。ここまで落ちるかマイク・リー。私にはその意味で衝撃の一本。役者たちが揃って魅力のないオーヴァーアクトの演説映画。ロリー・キニアが特にひどい。ジャイアンツの原監督かサッカーの松木解説者かニュースウォッチ9の有馬アナかといった力みのへの字口。うんざり。どうでもいいことだが、昨今、ピリオド代わりのへの字口でスピーチを結ぶアナウンサーが増えた。演技者には禁忌の「への字口終わり」を当たり前のように連発する三流アナが、私は苦手だ。その筆頭が有馬アナ。欧米のアンカーでこの手の輩はいない。スコア:C。
6/23 「足音はかき消して」。トマシーン・ハーフォード・マッケンジーが初々しく切ない。デブラ・グリニクは「ウィンターズ・ボーン」で10代のジェニファー・ローレンスをライジング・スターとしたが、こちらの10代トマシーンにもその要素あり。作品自体は誠実だが単調。スコア:A-。
6/27 「犬ガ島」。ウェス・アンダーソンの異才に脱帽。オノ・ヨーコ、ケン・ワタナベを含む声のキャストの多彩さにも感心。主人公アタリの声のコーヨー・ランキンが新鮮でよい。バイリンガルのカナディアン・ジャパニーズ少年。成長が愉しみ。スコア:A-。
■
7/1 「COLD WARあの歌、2つの心」。見始めて15分、私はこの傑作がなぜカンヌのコンペで「万引き家族」に負けたのか理解できなかった。川の流れに身を委ねてヒロイン、ズーラ(ヨアンナ・クーリグ)が歌うくだりの美しさに涙がこぼれ落ちた。というか、そこから30分、涙涙涙の大傑作だった。
その感動が、ユーゴでのマグレブ舞踏団のエピソードを最後に泡と消え、映画はあれよあれよという間に、熱海の海岸、散歩する貫一、お宮のメロメロメロドラマ「金色夜叉」に堕して行く。
前半の民族音楽オンパレードは完璧。ジャズに退廃を託したヴィクトール(トマシュ・コット)の「落魄の巴里」が幼く雑。ジャズですべてが代弁できるわけではない。トマシュの演技が、冷戦の国では機能したのに、自由な巴里ではコチコチに堅い。錚々たるフランス演技陣で周囲を固めても、通俗メロドラマの筋立てはごまかせない。しかもラストは無責任なる「失楽園」。
セリフで多くを言わせないパヴェウの限界は「ふたりのイーダ」でも感じたが、ここではそれが致命的な罪に思える。これでは「万引き家族」に負けて当然。完璧なる前半を称え監督賞で十分と、納得してしまった。役としては後半の混沌が勿体ないが、ズーラを演ずるヨアンナ・クーリグはずば抜けてよい。スコア:A。
■
ところで、COLD WARに翻弄される男女のドラマといえば、2013年以来、アメリカで大きな評価を受けたTVシリーズ「THE AMERICANS」があるではないか。 過日、シーズン1のエピソード1というかパイロットを見てとても感銘を受けた。
ドラマの幕開けは1981年のレーガン・エラ。ケリ・ラッセルとマシュー・リース演ずる主役カップルがロシアの諜報員で、1965年にアメリカに送り込まれ、以来、夫婦として家庭を築き、二人の子供を作り、ワシントンDC郊外でアッパーミドルクラスの生活に溶け込んでいる。当然、子供たちは両親がプランツ=「里入り忍」であることを知らない。
プロローグは、セックススパイとしての教育も受けたケリが司法省の高官から色仕掛けで情報を仕入れるくだりを「卓越したおフェラ」の描写から入るのだから立派。(日本のTVドラマがいかに幼稚で旧態依然であることか、と考えてしまった。アメリカのTVシリーズは「ソプラノ」登場の前後から画期的に面白くなったと思う)。そして夫婦共同作業の殺人と対立も描かれる。つまり、旦那のマシューはアメリカへの寝返りも辞さないソフト路線、ケリは祖国への愛国心優先のハード路線という区分け。
■ さらに、「作劇上必要な」偶然から、隣人としてFBIエージェントの一家が引っ越して来る。このエージェントを演ずるのが監督作も多々あるインテリ俳優ノア・バウムバック。白人至上主義の組織にアンダーカヴァーとして3年潜入していたから「里入り忍」の血が流れているという設定。このユニークでドラマティックな設定かつ異なった視点でのレーガン時代の検証というインテリジェンスも話題になり、2018年まで6シーズン続く人気シリーズとなっている。
さらにすごいのはこの6年の流れを通じ、子役のふたりの成長と、家族内の波乱までドラマに組み込んで行っている視点だ。ケリ、マシュー、ノア、子役2は6年間75話のすべてに登場しているらしい。幾重にも張り巡らされたアンビヴァレンス。これぞCOLD WARの大傑作ではないか。
とはいうものの、6シーズン75話を見るほどの時間的余裕も体力も私にはない。おそらく、この「1の1」だけで、私の「ジ・アメリカン」は終わることになるだろう。何せ、「24」も「LOST」も乗り遅れて、見る気が失せた私ゆえ。勝負権があるのはせいぜいシーズン2までのリミテッド・シリーズにほぼ限定される。今は、エイミー・アダムス主演の「SHARP OBJECTS」、ニコラス・ウィンディング・レフン演出の「TOO OLD TO DIE YOUNG」、両ミニシリーズのシーズン1に取り組もうかどうか迷っている最中。
■
7/8 「誰もがそれを知っている」 アスガー・ファルハディがハヴィア・バルデム、ペネロペ・クルース、リカルド・ダリンというスペイン語圏の大スターを迎えて作ったカンヌ・オープニングのこの作品が、なんで無冠だったのか、私には疑問だった。導入部の結婚式の見事な演出と映像構成に酔い、その疑問はさらに高まった。しかし、である。事件が起きた途端に映画は機能しなくなった。
アスガーの最高傑作は「別離」(A+)である。あの作品には大クロサワの「生きものの記録」と「羅生門」の影がちらつく。今度は、少しだけ「天国と地獄」が匂う。大きな差異は、「別離」がキャラクターを立ち上げて書かれた脚本であるのに比べ、こちらはバルデム、ペネロペ主役ありきで構想され書かれた脚本である点だ。
とにかく、脚本がお粗末。結婚式の高揚感の中で、それも停電やら大雨やらの不測の事態がらみで機能していた人々が、ドラマが始まるとキャラクターとしての平板さを露出していく。
アスガーは「別離」までの三作品で一作毎に進化した。「FIREWORKS WEDNESDAY」(A-)は瑞々しく、「彼女が消えた浜辺」(A)はほぼ「別離」のレヴェルに近い名作。以降、故国で撮った「セールスマン」(A-)でFIREWORKSのレヴェルまで戻したものの、ヨーロッパで撮った2本はいずれも失敗作だ。「別離」に至る道筋で顕著だった精緻なプロットと豊かなキャラクターの交差点が霧に覆われ、見えなくなっている。才能が枯渇したとは思わないが、取りあえずは落ちた偶像その2である。スコア:B。
■
次回は究極の「落ちた偶像」を論ずる。この作品のひどさは言語道断。この監督の堕落は、ワールドシリーズ制覇したチームが翌年100ゲーム以上負けて最下位に落ちるようなものだ。GUESS WHO!
|